日本最後の秘境、徳島県・祖谷(いや)

その美しくも厳しい大地に根をおろし、時代に翻弄されながらも逞しく生きる人々がいる。本作『祖谷物語―おくのひと―』は、そんな人々の営みを真摯に見つめ、現代社会が見失って久しい“本当の豊かさ”を見出そうとする意欲作である。 東京を除く全てのシーンをオール徳島で撮影し、若草萌える春から雪に閉ざされた冬まで、四季折々の表情を見せる祖谷を克明に記録。また、揺れ動く人々の心情を温かに綴った物語は、スタジオジブリ作品「となりのトトロ」や「おもひでぽろぽろ」のように、誰の中にも眠る “心の故郷”を呼び覚まし、時空を遡ったかのような体験をさせてくれる。

主人公の女子高生・春菜を演じたのは「ハイキック・ガール!」「KG カラテガール」「女忍 KUNOICHI」など本格アクション映画の主演を務め、最近では井口昇監督の話題作「デッド寿司」でコメディにも活躍の場を広げた武田梨奈。本作ではアクションを完全封印し、忍び寄る時代の変化や将来の不安に揺れ動く心の機微を巧みに表現。演技派女優としての新境地を披露する。

春菜と暮らすお爺役には、ダンサー・俳優として国内外を問わず活動し、映画「たそがれ清兵衛」では日本アカデミー賞に輝いた田中泯。東京からやってきた青年・工藤役には、「赤目四十八瀧心中未遂」「キャタピラー」「さよなら渓谷」など、全身全霊の演技で映画界を揺るがしてきた大西信満と、これ以上ない豪華キャストが出揃った。

監督は、舞台となった徳島県出身の蔦哲一朗。東京工芸大学時代にアナクロ映画集団「ニコニコフィルム」を立ち上げ、前作『夢の島』を発表。デジタル化に堂々と反旗を翻し、本当の「映画らしさ」を追求したモノクロ16mmフィルムによる撮影で、バンクーバー国際映画祭、イギリス・グラスゴー映画祭などに出品。海外からも高評価を獲得した期待の若手監督である。待望の新作となる本作においても、完全35mmフィルムでの撮影を敢行。デジタル化が浸透していく映画業界の逆風に屈することなく、100年後、1000年後まで残る本物を制作しようと志高く撮影に挑み、世界の映画に引けを取らない映像美を実現した。



私は祖谷の山々を駆け巡り、探しまわった。この物語に出てくるお爺と春菜のように、山奥で自給自足の生活をしている人間を。川から水を汲み、木を拾って火をおこし、山を耕し野菜を育てる人間が、もしかしたらこの秘境にならまだいるかもしれないという少しの期待を持って、私はひたすら祖谷の山奥を探し歩いた。

しかし、荒れた山道を登っても登っても、出会うのは腐った茅葺屋根の家と廃集落だけだった。もう日本にはお爺はいないのである。そこにあるのはお爺がいたというわずかな痕跡と、それを呑み込まんとする草木の存在だけであった。

またこの映画のために我々スタッフは人里離れた山奥で畑を耕し、蕎麦を育てたが、なるほど、この土地には人間や獣以外の存在が確かにいるのである。今回その奇妙で曖昧な存在を、幸運にもフィルムに焼き付けることができたと、私は確信している。

監督:蔦哲一朗

ページのトップへ戻る